こんばんは。
寒い日が続いておりますね。
インフルエンザも流行っているようです。
流行りモノには須(すべか)らくのるタイプですが、インフルエンザはご勘弁願いたいですね。
今日は少しだけ真面目な話を…
我々ジンシルは今、大変微力ながら東日本大震災で被害にあわれた方々の支援をさせていただいております。
具体的には、先の震災で物理的に働く場所や物を失った方々への経済的(金銭的)な支援です。
震災前までは当たり前に存在した生活基盤が失われてしまった現状を、元通りかそれ以上の状況にしていきたいという当事者の方々の想いに少しでもお力になれればと始めた活動です。
しかしながら皆様のご想像通り、この手の活動は我々のようなアマチュアバンドがセコセコとやったところでさしたる成果は望めません。
では、どうすれば良いか?
答えは至ってシンプルです。
この手の活動自体を、皆様における「当然に在るべき生活の一部」にしてしまえば良いのです。
例えるならば、公共の乗り物に「当然」優先席が在るように。
もっと言ってしまえば、どこの街に行っても「当然」交番が在るように。
したがって、我々が今おこなっている活動は、それ自体の短期的な成果を望むべきものではなく、「困っている人々に対して、当たり前に手を差し伸べることが出来るシステム作り」が最終目標なのであります。
まぁ、「短期的な成果」よりも「長期的なシステム構造」の方が、よほど難しく、それこそアマチュアバンドにそんなこと出来るのか?といったツッコミがくるのは重々承知の上です。
そこで結論。
我々はあくまで、ポ ッ プ ロ ッ ク バ ン ド なのです。
慈善団体でもなければNPO法人でもありません。
ある程度(どの程度?)営利を目的とした音楽集団なのです。
震災があろうがなかろうが関係なく、我々がすべきことは、いつも通りに音楽を奏でることなのです。
なので、その音楽活動の中に「当たり前に」社会貢献を組み込んでいくことしかできないのです。
そして、その我々の姿をみて「こんなバカみたな下ネタばっかり言ってる奴らでも、こういうことやってんだ…」と思っていただき、あわよくば皆様方の「いつも通りの」生活のなかに同様な働きかけを組み込んでもらえれば、こんなに素敵なことはありません。
最期になりますが、近い感覚をおぼえた話をひとつ。
先天的に両手足が不自由な乙武ナントカさんが10年近く前に出版なさった「五体不満足」という本があります。
こ存じの方も多いでしょう。
この本を出版しベストセラーになった後、彼が言った発言が私の足りない頭にとても印象的に残っております。
「私の最大の失敗は、あの本を出したことだ。結局、障がい者に対する偏見を深めることになったからだ。」
なるほど。
そういうことです。
「障がいがあるのに凄いね。」
「手足がないのに頑張ってるね。」
この感想はきっと、彼がもっとも必要としなかった感想なのです。
「身体的ハンディキャップがあろうがなかろうが、普通に生活できてんだよ俺は。いちいち哀れむんじゃねぇ。ボケ。」
きっとこれが本心であり…
「なーんだ。あいつらも俺と同じ人間なんだ。これからは普通に接しよー。」
こういった感想を持ってもらえれば…との想いが彼の根本にあったのだと推察します。
長くなりましたが、要するに…
東北は既に「被災地」ではなく、東北民は既に「被災者」ではないのです。
「あんなに大変な地震があって大変だったでしょ〜…可哀相にねぇ…」
この手の哀れみは、もう不必要なのだと思います。
「あの時は大変だったな!じゃあまぁこれかは七転び八起きでガッツリ盛り上がっていこうぜ!」
これでしょう、きっと。
恩着せがましいのは、一年経った今となっては返ってストレスになるんではなかろうかと思います。
もうダメ…
寝る…
ごきげんよう。
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